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管理人の頭の中身を公共に配信する盛大なチラシの裏。 落ち込んだりもするけど私は元気です。
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ありますよね。
漫画読んだり小説読んだり映画みたり曲を聞いたりして、「なんだこりゃ?」って思う事。
私もあります。映画を見て十分で「これはあかんやつや」って見るのやめたりもします。
最後まで見ても「結局なにがしたかったんだぜ?」とか言ったりします。
それで、何がどういう理由でつまらなかったのかを亊細かに書く事もできます。

けど、それって結局私の主観でしかないんですよね。
私がどんなに「つまらない」と感じた理由をあげつらっても、それらを「面白かった」とか「最高だった」という人もいて、その人達は面白かった理由をこと細かに書く事ができるのでしょう。
私が「あのシーンで戦闘いらなかっただろう」と言っても「あのシーンの戦闘が凄くよかった」という人もいて、私が「二人のロマンスよかったわー」と思っても「恋愛要素が邪魔だった」と感じる人もいる。
そこで衝突して「これは名作だ」「いや駄作だ」と言いあう場面をちょいちょい見ますが、そんなのそれぞれににとって違うっていう結論でいいじゃないかと思ったり。

人の感性や趣味に違いがある以上、「これが絶対に至高」と言えるような完全なバランスなんて存在しないんじゃないかなーって思うんですが……どうなんですかね。
みんな大好きハリポタだってつまらないと感じる人はいますし、ワンピースも叩く人はいっぱいいるわけで。

と思うと、私は何に対しても「自分にはあわなかったな」というような考え方しかできない感じに、気が付けばなっていました。
最近ではもう少し進化して、「ああこういう視点で見るとおもしろいんだな」と考えられるようにもなってきたような気がする。
実験映画とか、普通に見たら面白くなかったりするのが多いんですが、どこをどう実験してるのか見ると面白かったり。
まあそれでも、どうしても面白いと思えないジャンルはあるんですけどもね。
どんなに「体にいいよ」って言われてもピーマンは食べられないんですよって感じの。

しかしなあ。
どうなんだろうなあ。
「自分がつまらないと思ったものは駄作で、これを面白いと感じる人間は馬鹿」という論調は流石にどうかなあって思うんですが、だからといって「酷評は全て無視する」っていうスタンスも正しいとは思えない。
すべての酷評と賞賛を混ぜて慣らして、両方が納得の行くような物を作ったらどんなものができるんでしょうね。
水や空気のような作品でしょうか。
けどそれじゃあ「味が無い」と責められる。
難しい問題ですね。悩みはつきない。

それではみなさん対極でした。
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